マーケティングの論理は過去の事例分析に基づいており、それらの事例は「経験則」として一般に受け入れられているケースが多い。 以下代表的な経験則を紹介する。これらの経験則はBlack Swanの存在を前提にその限界を事前に理解しておく必要がある。
パレートの法則 Pareto Low
イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレート(Vilfredo Frederico Damaso Pareto、1848年- 1923年)が発見した冪乗則。 経済において、全体の数値の大部分は、全体を構成するうちの一部の要素が生み出しているという理論。80:20の法則、ばらつきの法則とも呼ばれる。 パレートの法則は、働きアリの法則と同じ意味合いで使用されることが多く、組織全体の2割程の要人が大部分の利益をもたらしており、そしてその2割の要人が間引かれると、残り8割の中の2割がまた大部分の利益をもたらすようになるというものである。これらのことから、経済以外にも自然現象や社会現象など、さまざまな事例に当て嵌められることが多い。 ただし、パレートの法則の多くは、法則と言うよりもいわゆる経験則の類である。自然現象や社会現象は決して平均的ではなく、ばらつきや偏りが存在し、それを集約すると一部が全体に大きな影響を持っていることが多い、というごく当たり前の現象をパレートの法則の名を借りて補強している場合が少なくない。
現代でよくパレートの法則が用いられる事象例
●売上の8割は全顧客の2割が生み出している。
●商品の売上の8割は、全商品銘柄のうちの2割で生み出している。
●住民税の8割は、全住民のうち2割の富裕層が担っている。
●売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している。
冪乗則にしたがうグラフの例。横軸が商品のアイテム数、縦軸が販売数量を表す。 このモデルは「80:20の法則」として知られ、右に向かう部分はロングテールと呼ばれる
ロングテール Long Tail
ロングテールは最初、オンラインDVDレンタル店の米ネットフリックスやAmazon.comなどの特定のビジネスモデルを説明するために米『Wired』誌の記事で同紙編集長であるクリス・アンダーソン氏によって提唱された概念。 ロングテール(Long Tail)とは、インターネットを用いた物品販売の手法、または概念の1つであり、販売機会の少ない商品でもアイテム数を幅広く取り揃えること、または対象となる顧客の総数を増やすことで、総体としての売上げを大きくするものである。
仮に、べき乗則に従う商品の売り上げ・販売数を縦軸に、商品(product)を横軸にして、販売成績の良いものを左側から順に並べると、あまり売れない商品が右側になだらかに長く伸びるグラフが描かれる。左側だけ急峻に高くなっているのは、販売数が大きな商品が全体ではわずかな品目であることを示し、右側が低くなだらかなのは販売数量が低い商品が全体の品目数ではほとんどを占めることを表している。ただし非常に多くの種類を取り扱う必要がある。このグラフの、恐竜の尻尾(tail)のような形状から「ロングテール」と呼ばれる。
ハインリッヒの法則 Heinrich's law
法則名はこの法則を導き出したハーバート・ウィリアム・ハインリッヒ、Herbert William Heinrich、1962年没)に由来している。 彼がアメリカの損害保険会社にて技術・調査部の副部長時代に出版した論文による。
彼は、ある工場で発生した労働災害5000件余を統計学的に調べ、計算し、以下のような法則を導いた。 「災害」について現れた数値は「1:29:300」であった。 その内訳として、「重傷」以上の災害が1件あったら、その背後には、29件の「軽傷」を伴う災害が起こり、300件もの「ヒヤリ・ハット」した(危うく大惨事になる)傷害のない災害が起きていたことになる。
更に、幾千件もの「不安全行動」と「不安全状態」が存在しており、そのうち予防可能であるものは「労働災害全体の98%を占める」こと、「不安全行動は不安全状態の約9倍の頻度で出現している」ことを約75,000例の分析で明らかにしている。 なお、ハインリッヒは「災害」を事故と事故を起こさせ得る可能性のある予想外で抑制されない事象と定義している。
上記の法則から、
●事故(アクシデント)を防げば災害はなくせる。
●不安全行動と不安全状態をなくせば、事故も災害もなくせる。 (職場の環境面の安全点検整備、特に、労働者の適正な採用、研修、監督、それらの経営者の責任をも言及している)
という教訓を導き出した。
これらのことから、損害保険、賠償保険、生命保険など保険料設定のための重要な考え方として定着したとされる。
この法則は、ビジネスにおける失敗発生率としても活用されており、例えば1件の大失敗の裏には29件の顧客から寄せられたクレーム、苦情で明らかになった失敗がある。さらにその裏には、300件の社員が「しまった」と思っているが外部の苦情がないため見逃しているケース、つまり認識された潜在的失敗が必ず存在している、との示唆があると認識されている。
イノベーター理論 Innovator Analysis
イノベーター理論とは、1962年、スタンフォード大学のエベレット・M・ロジャース教授が著書“Diffusion of Innovations”(邦題『イノベーション普及学』)で提唱したイノベーションの普及状況を調査する過程で発見した理論で、新製品の普及に関する購買者層の変化を分析したものである。
同理論は「普及学」とも称され、新しいアイデアや技術の普及になぜばらつきがあるのか、どのように普及するかを、購買者層の特性を使って説明しようとする理論です。
この理論では消費者の商品購入に対する態度を新しい商品に対する購入の早い順から:
1.イノベーター(Innovators)=革新的採用者(2.5%)、
2.オピニオンリーダー(アーリー・アドプター, Early Adopters)=初期少数採用者(13.5%)、
3.アーリー・マジョリティ(Early Majoritity)=初期多数採用者(34%)、
4.レイト・マジョリティ(Late Majority)=後期多数採用者(34%)、
5.ラガード=伝統主義者(=採用遅滞者, Laggard)(16%)
の5つのタイプに分類した。
この5つのタイプの割合は、下図のようなベルカーブ(釣鐘型)のグラフで表される。ロジャース教授は、このベルカーブを商品普及の累積度数分布曲線であるS字カーブと比較し、イノベーターとオピニオンリーダーの割合を足した16%のラインが、S字カーブが急激に上昇するラインとほぼ一致することから、オピニオンリーダーへの普及が商品普及のポイントであることを見出した。教授はこれを「普及率16%の論理」として提唱している。
ハロー効果 Halo Effect
社会心理学の用語で、ある対象を評価する時に、それが持つ顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる(認知バイアス)現象のこと。光背効果、ハローエラーともいう。 例えば、ある分野の専門家が専門外のことについても権威があると感じてしまうことや、外見のいい人が信頼できると感じてしまうことが挙げられる。 ハロー効果は、良い印象から肯定的な方向にも、悪い印象から否定的な方向にも働く。
ハロー効果という言葉が初めて用いられたのは、心理学者エドワード・ソーンダイクが1920年に書いた論文「A Constant Error in Psychological Ratings」である。ハローとは聖人の頭上に描かれる光輪のことである。
ハロー効果が起きるのは、原始的な時代には物事を即断することが生存に有利であり、それが遺伝的に受け継がれているためと考えられている。
<参考> 正 規 分 布 Normal Distribution
正規分布はその名前(正規分布 normal distribution)からもわかる通り、"normal"な、「ありふれた」「通常の」確率分布です。名前の所以は、自然界や人間の行動・性質など様々な現象に対して、よく当てはまるところから来ている。そして、そのグラフは、下図のように左右対称な曲線になる。正規分布はガウス分布(Gaussian Distribution)と呼ばれる。これは18世紀から19世紀に渡って活躍した数学者C.F.ガウスに由来する(旧西ドイツの10ドイツマルク紙幣にガウス分布図と士式が描かれている)。正規分布は、変量が多くの互いに無関係な小原因の総合によって生ずるとき(多人数の身長,同じ工程で作られる多数の製品の重さ,測定の誤差など)、その分布は正規分布となる傾向がある。しかし正規分布以外にも冪乗則にしたがう事象(ロングテール等)など「例外」が多数ある。